(青山剛昌原作・小学館・週刊少年サンデー)
江戸川コナン 毛利蘭 毛利小五郎 服部平次 遠山和葉 玄田隆徳(42) 諸角亮子(39) 曽我操夫(45) 権藤系子(41) 諸角明(45) 弓長警部 骨董品店店員 子供 子供の母 消防隊員 刑事 仮面ヤイバー |
本編の主人公、正体は工藤新一 本編のヒロイン、新一の幼なじみ 蘭の父親で私立探偵 西の高校生探偵、新一のライヴァル 平次の幼なじみ 玄田骨董品店店長 主婦、楠川探偵に調査を依頼 風水アドバイザー 杯戸駅前ビルを拠点とする占い師、亮子の姉 精神科医、諸角亮子の夫 捜査一課火災犯警部、小五郎の元上司 玄田骨董品店店員 諸角邸右隣に住む仮面ヤイバー好きの子供 子供の母親 消防隊員 弓長警部の部下 子供達に大人気の特撮ヒーロー |
高山みなみ 山崎和佳奈 神谷明 堀川りょう 宮村優子 増岡弘 潘恵子 有本欽隆 中谷ゆみ 市川治 徳弘夏生 永野広一 大本眞基子 萩森侚子 千葉一伸 千葉一伸 声の出演なし |
絶体絶命の危機を乗り越えて無事生還した平次と和葉は、その時の状況を語らいながら米花町5丁目の毛利宅でコナン・蘭・小五郎の三人と晩餐を共にします。
危うく家に忍び込んで火をつけ、乗り遅れて焼死したように見せかけて殺される所だったと、左目下の絆創膏は痛々しいもののすっかり元気を取り戻した様子の平次。
ところが話が火事の話になり、小五郎が今年に入って都内を騒がせている放火魔の話をし始めるに及んでそれまでの和やかな空気は一変、探偵の血が騒ぐのかコナンと平次は急に緊張しながらその話に耳を傾け始めます。
小五郎の話によればその放火魔は手口に統一性はないもののいつも決まってドス黒い血の色で塗られた赤い馬の人形を現場に残していくのだといいます。
「アカウマ」とは警察の隠語で放火犯のこと…警察に対する挑戦なのか、それとも他に何か意味があるのか…
そして事件は最初が利善町1丁目、それから鳥矢町2丁目、奥穂町3丁目と続いていて…とすると次は当然4丁目ということになりそうなのですが…
どこの4丁目か想像もつかない皆を尻目に、平次は伊藤美沙里邸での事件のために捜査ができなくなってしまった楠川探偵の代わりに頼まれた不審人物の調査依頼が杯戸町4丁目だったことを思い出し、小五郎とコナンを引き連れて明日様子を見に行こうと提案します。ところが肝心のコナンは…
快晴に晴れ渡った翌日、平次はコナンと小五郎を引き連れて杯戸町4丁目の諸角邸へと向かいます。約束の時間に30分遅れて焦る三人でしたが、家の玄関では丁度この家の住人で今回の依頼人でもある諸角亮子が、骨董品の訪問販売にやって来た冴えない眼鏡の男を追い出している所でした。
気の強そうな諸角亮子に気を使いながら今回の依頼について切り出した平次と小五郎。ところが当の本人からは、あれは自分の気のせいだったからもう調査は結構と、断りを入れられてしまったのでした。
突然の豹変ぶりに逆に不審がる平次とコナン、その時三人と入れ違いに二人の人間が諸角邸に入っていきます。門の前で立ち聞きしていると、一人目はどうやら風水のアドバイザーのようで詳しい話をといって中に通されます。
その二時間後になっても出てこないのを怪しんだ三人が家を覗いてみると、どうやらこの二人はただならぬ仲のようでした。そして亮子の話ではもしもの時のためにその証拠のテープまでどこかにあるというのです…
そして二人目は占い師をしている少し化粧の濃い中年女性で、どうやら諸角亮子の姉のよう。金の無心を頼みに来たもののあっさりと拒否され、即座に追い出されてしまったのでした。
夜遅くなりようやくこの家の主の精神科医・諸角明が帰宅しますが、風水アドバイザーの曽我とは顔見知りのようで、そのまま二人でまた飲みに出かけていってしまいます。三人も早く帰って来いという蘭たちの言葉で現場を立ち去り、家の中は再び諸角亮子ただ一人に…そしてそんな中家の周りを再び徘徊する骨董品店の男の影…
それぞれが様々な思いを胸に秘めながらそれぞれの場所で過ごす中で、静寂に包まれた諸角邸は…気がつくと紅蓮の炎に包まれただ一人残された亮子も…
そして家の窓際には都内を騒がせている例の放火魔の残したものと同じ赤い馬が…
ここから各町の位置関係が推定はできますね。そういえば39巻の最初の「利善町」だけ「梨善町」となっています。初版だけかもしれませんが。
またしても晴れの確率100%だそうで、ポーカーといい麻雀といい、蘭というのは一体どこまで強運なのでしょうか(笑)
一日に千里(約4000キロ)を走るという伝説の名馬・赤兎馬は作品中にもある通り呂布→関羽という順番で乗り手が変遷していきました。ただ持ち主の変遷というとこれは董卓→呂布→曹操→関羽→孫権→馬忠ということになります。
関羽は三国時代、魏・呉・蜀のうち蜀の英雄・劉備玄徳の義兄弟でした。今でも中国では商売繁盛の神として有名です。ちなみに桃園の三兄弟のもう一人は張飛翼徳(益徳とも)、207年に三顧の礼で迎えられる名軍師が諸葛亮孔明。魏の英雄は曹操孟徳、呉の英雄は孫堅文台→孫策伯符→孫権仲謀。
関羽と張飛は二人とも猛将として有名ですが、その上をいく三国志上最強の武将が呂布です。「人中の呂布、馬中の赤兎」と称えられ、三国志演義では虎牢関の戦いにおいて呂布とこの関羽・張飛に劉備を加えた三対一で対決しても勝負がつかなかったほどでした。
呂布はまだ三国時代が形成される前、後漢帝を頂き、英雄が覇を競っている間に活躍した武将で、最初は丁原という英雄の養子としてその下にいましたが、赤兎馬を贈り物に説得されてこれを殺害し董卓軍に寝返りその養子に。董卓が中央の実権を握った後はしばらくは部下として活躍しますが、王允らの計略で今度は董卓と仲違いしてこれを殺害。以後は自ら軍を率いて曹操、袁術、劉備などと覇を競うことになります。その呂布も198年の真冬に部下の裏切りによって捕えられ曹操の手で処刑されてその生涯を閉じます。そしてその時に赤兎馬は曹操の手に渡ります。
その後199年に劉備が曹操に敗れて本拠地・徐州から敗走した際、関羽は劉備の家族を守ることを条件に一人曹操の軍門に降ります。その時に曹操から赤兎馬を贈られるのですが、劉備のことが忘れられない関羽は200年官渡の戦いにおいて曹操の宿敵・袁紹配下の猛将・顔良と文醜を斬ってその恩を返し、再び劉備の元に帰ります。
以後赤兎馬は関羽の愛馬として219年に関羽が呉の呂蒙の計略で捕えられて処刑されるまで行動を共にしました。関羽の死後は彼を捕えた功績により孫権の手によって呉の馬忠という武将に与えられますが、まったく飼葉を食べず数日しないうちに死んだそうです。
ちなみに私個人も三国志の熱心なファンですが、誰のファンかはこのサイトのURLを見ればお分かりかと(笑)
※追記・現在はドメインを取得したため変更されましたが、この事件ファイルが作成された当初は「http://moutoku3594.web.infoseek.co.jp/conan/」でした。 ということで諸角亮子と明夫妻は諸葛亮孔明、曽我操夫は曹操、権藤系子は孫権、玄田隆徳は劉備玄徳ということになるようです。これは争いもないでしょう
あと問題の弓長警部ですが、これは「張」という文字から来ていることは間違いなさそうですし、劉備・関羽も登場しているので、風貌からしても残りの張飛ということになるのでしょうか
おそらくその通りだと思いますが、ただ私個人的にはそれよりも29巻の名探偵図鑑に登場している、私が個人的に大好きなチャーリー・チャン警部(チャーリー・張)から来ているというように考えたい所です。こちらも「張」です(笑)
風貌はこちらも似ていますし、何となく性格などを含めるとチャン警部の方が近い気がします。
張飛といえば君子や目上の人間には礼を尽くし義理堅い人間ではありましたが、最後には寝首をかかれてしまうくらい部下には厳しく暴力的でした。また大酒のみで粗暴、どちからというとやんちゃな悪童というイメージが強いです。それがまた憎めない部分でもあるのですが。
ちなみに関羽は全く正反対で、部下や身分の低い人間には情をかけ優しい反面、自分と対等以上の人間には全く物怖じしない気の強い一面もあったようです。